夜明け前

2024年2月某日

 朝の6:00よりも前、バイト先に到着したが、鍵を持っている後輩がまだ来ていなかったので、お店の中に入れない。なので、少しだけ辺りを散歩した。コロナが収まってずいぶん経つけれども、未だに飲食店の従業員はマスクを着けるのが習慣のようになっているので、その日も着けたまま歩いていたら、そのせいで眼鏡が曇って、ただでさえ見えにくい視界がますます曖昧になって、訳が分からなくなった。

 まだ日も出ていなくて、街灯と駅のホームの灯り以外には、ほとんど暗闇ばかりで何も見えない。コンビニの裏に回ると余計に暗くて、自分がお店からどのくらい離れて、今どのあたりにいるのかすら掴みづらい。コンビニ裏から庭園へと向かうための急な下り坂がやけに長く見え、底の方に闇が溜まっているように感じる。坂を下り切って、その闇の中に足を踏み入れるのもためらわれるし、坂の途中にある庭園まで行って見ても、当然いまの時間帯に何が見えるというわけでもない。入口の門扉も閉まっている。ただ、真っ暗闇の中で庭園の池だけが、どこかの街灯の光を照り返して、黒い水をゆらゆらとさせているのが柵の隙間から見えていた。

 もうそろそろ後輩も来ているかもしれないと思ったので、引き返そうとして踵を返した。そこでふと、坂の入口両側に立っている街灯が目に入った瞬間、マスクのせいで曇ったメガネに灯りが滲んで、綺麗な暈のようなものが映った。夜明け前の深い暗闇が背景に引っ込んだ代わりに、白やオレンジの街灯から放たれる鮮やかな光の環が視界一杯に広がって、結局それで何も見えないことに変わりはなかった。